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稜真出産物語

 


2004年10月22日20 時59分 稜真誕生前日


明日、僕はパパになります。新しい一つの命が始まり、新しい家族ができる。


今はデンバー空港で足止めをくらい、 United715 便の 41D の座席。この便は 20 時 0 7分に出発予定だったが、管制塔トラブルのためユナイテッド航空のターミナルがすべて遮断されたのだ。約 1 時間機内で待たされているのに、復旧の見通しは立たない。人生最大のイベントが始まろうとしているのに、僕はついていない。


「今日稜真を産むことになったの。」

19 時 30 分頃、かみさんからの突然の知らせに、僕は動揺した。

「えっ、今日なの?」予定日より 2 週間も早い。

「病院の検査結果で、羊水がすくないみたいで、このままだと胎児に悪い影響を与えるの。すぐに入院して、これから陣痛促進剤をうつんじゃない?」 心臓の鼓動が強くなりつつあった。

「わかった、ロスに着いたらすぐに病院へ向かうよ。」

病院へ持っていくべきものをあわててメモ書きした。ペンを持つ手が震えている。

●ストーブの前においてある紙袋(赤ちゃんの服、)

●黒いポーチ(かみさんのくし、化粧液など)

●歯ブラシ

●デジタルカメラ

●ビデオカメラ

他に持っていくべきものを聞いたが「あなたが病院にきてくれればいいから」ということで電話をきった。


もうすぐ僕はパパになる。いてもたってもいられない。 4 日間のアイオワ、コロラド出張で体はかなり疲れきっている(21日のロッキー山脈国立公園での観光も含めて)。少しは眠って体を休ませようとするが眠れない。そんなわけで気持ちを落ち着かせるために、文章でも書こうというわけだ。


かみさんの妊娠がわかったのは、今年の 3 月9日だった。

「私、妊娠しているかも」

生理は遅れているし、体温はいつまでたっても下がらないというのだ。正直驚いた。少なくとも 2004 年のプランに子供という項目は考えていなかった。とにかく、妊娠しているかどうかは、早く知りたかった。

「今すぐ妊娠検査薬を買おう」


妊娠検査をやったことがある人ならわかるかもしれないが、結果をまつ 3 分ほど長く感じるものはない。かみさんと僕は検査薬をじっと見つめた。検査薬の窓に赤いラインがあらわれるのか。この 3 分で喜ぶカップルもいれば、絶望するカップルもいる。とにかく 3 分は長かった。


赤ラインがあらわれた。信じられなかった。色をじっと眺めた。光をあてる角度をかえ色を確かめた。説明書を何度何度も読み返したが、かみさんが 99.9% 妊娠していることにはかわりなかった。言葉が出てこなかった。子供ができたという意味を把握するのに時間がかかった。2人とも黙ってその意味を理解しようと必死に考えた。最初は驚きで言葉にならなかったが、しだいに落ち着きを取り戻すと、新しい命を授かった喜びの気持ちでいっぱいになった。まあ、 30 歳までには子供が欲しいと考えていたのだから、遅かれ早かれうれしい話だ。

「男の子だったら、名前は“りょうま”にしよう」


坂本竜馬は僕ら夫婦のマイブームだった。去年の年末に司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで、すっかり竜馬の人間性に感動してしまったのだ。坂本竜馬のようにリーダーシップを発揮する人間になって欲しいという願いが込められている。漢字の画数でみてみると「竜馬」は凶。最悪だ。画数のよい「稜真」という漢字を採用した。


21 時 25 分

「 10 時前には出発できそうです」パイロットは申し訳なさそうに機内アナウンスをした。よかった。今日中にはロスに帰ることができる。とりあえず一安心。 もうちょっとで出発できそうだとかみさんに連絡した。病院ではすでに破水させ、陣痛促進剤を打っていた。

「それで陣痛は始まったの?」

「うんちょっと痛くなってきた」

1 人で病院にいさせるのはとても不安だった。近くに住む仲のよい友達に来てもらおうと考えていたが、「とりあえずいいや」と断れた。あともうちょっとだ、待ってろよ!


10 時頃、 United 715 便はロサンゼルスに向かって飛び立った。 2 時間の遅れだった。この緊急時に限ってトラブルがおきるとは運が悪い。まあ、出産が出張から帰る日であったのはよかった。とりあえず、飛行機が飛んでくれたことに感謝しなければならない。稜真がこの世に誕生する瞬間をこの目で見たかったのだ。なんとか間にあうだろう。


飛行機は激しく揺れた。カルフォルニアで大雨をもたらした嵐の影響だろう。スチュワーデスが飲み物を準備していたトレーが倒れ、ガシャーンと大きな音が機内に響きわたった。揺れるたびに書くことをやめ、目を閉じた。揺れにより機体のきしむ音が聞こえる。飛行機が揺れ、体が揺れる。暗闇の中で、心が大きく揺れる。

無事に生まれるのか?

健康な子供で生まれるのか?

帝王切開になってしまうのか?

稜真を育てられるのか?

子供を養っていけるのか?

突然の出産に落ち着かない。考えれば考えるほど、僕は混乱した。後すこしで、ロサンゼルスに着く。とりあえず、目を閉じて体を休ませよう。


10:50pm ロス到着


United715 便はロサンゼルス国際空港に着陸した。やっと着いた。 2 時間の遅れもあわせ、 4 時間機内に閉じ込められていたので、肉体的にも精神的にも疲れきっていた。 携帯電話の使用許可のアナウンスを聞き、さっそくかみさんに電話した。


「いまロスに着陸したよ。どうしていた?」

「いま寝てた」と聞き、ひとまず安心した。

かみさんの話によると、陣痛は8時 30 分から始まって 30 分くらい耐え、すぐに麻酔を打ったということだった。今は麻酔が効いて痛みは感じないということだった。とりあえず安心だ。 9 時 30 分の時点で子宮口は5 cm まで開いているらしい。とりあえず、出産までには間に合うだろうと安心した。


10 分ほどでゲートに到着した。荷物引取りへ急ぎ、チェックインしたカバンが出てくるのを待った。ここからも長かった。いつまでたってもコンベアーは動かない。カバンを待つ乗客はコンベアーに座り、いらだっているようだった。僕もその 1 人。早くしろ! 「ビーッビーッビーッ」コンベアーの動く合図音が鳴った。 30 分は待たされただろう。遅いと思いつつ、カバンが最初にでてくる場所で待っていたら、なんと一番最初に出てきたカバンは僕のではないか。本当に信じられない!!奇跡だ!!




11:45pm タクシーで自宅へ


空港から自宅までは 15 分。タクシーの運ちゃんは、無愛想で態度の悪い黒人だった。「この道路で下りてくれ」「 2 番目の信号で右」などと道順に指示を出すが、 Yes とも言わないしもうなずきもしない。頭に来る奴だ。こんな無礼な奴にチップをあげたくない!と思うが、今はもめたくない。会社の金だ。しょうがないから最低限の3ドルだけあげるよ。





10 月 23 日 稜真誕生の日




0:00am 帰宅


急げ!出張で使ったカバンから工具や資料を放り出し、かみさんに頼まれたものを放り込む。忘れ物があれば後で取りにこればよい。急いで着替え、いざ病院へ出発。




0:15am 病院へ到着


家から病院へは車で 5 分。歩いてもいける距離だ。緊急用出入口から入り、窓口のおばちゃんに出産の立会いに来たことを伝えた。おばちゃんは産婦人科に電話し、名前が一致するか確認をする。早く早く!確認ができると、セキュリティーの鍵を開けてくれた。結構厳重に管理されていた。




0:20am 病室へ


産婦人科の受付で名前を告げると、部屋番号を教えてくれた。急いで向かい、部屋をノックし恐る恐るドアを空けた。


「間に合ったわ( You made it! )。たった今あなたのことを話題にしていたのよ」と 2 人の看護婦さんが歓喜を上げた。


すでにかみさんは足を広げて出産の体制に入っていた。たくさんの管がかみさんの体に取り付けられていた。腕には陣痛促進剤とブドウ糖の管が,背中には麻酔の管、膣には羊水を補う管、導尿などなど。かみさんの口には酸素マスクをかけ、膣からは血が流れていた。分娩監視装置から、稜真の心拍を捉え部屋中に聞こえる。ドクン・ドクン・ドクン。


「大丈夫かい?」

かみさんは笑顔で「もう間に合わないかと思った」と答えた。


看護婦さんに現状を尋ねると、子宮口は全開大で、2・ 3 回いきんでいた。とても順調で、すでにドクターを呼んだらしい。出産が間もないことを悟り、心臓がドキドキしてきた。しかしデンバーでの足止めの不安感はもうない。かみさんのそばにいる。


4 度目のいきみがはじまった。かみさんは大きく息を吸い、次に 10 秒間息を止めお腹に力を入れる。その瞬間膣は大きく膨らみ、稜真の頭半分くらいが出てきた。おっお~!稜真と初体面だ。薄い毛がはえており、地肌は青黒かった。今すぐにでも出そうだった。とっさに看護婦さんがいきむのを止めてリラックスしろと指示した。稜真の頭は膣の中にゆっくり戻っていった。稜真の出産はもうすぐだった。ドクターがくるまで待つことになった。


かみさんからビデオカメラを準備してくれと頼まれた。ビデオをカバンから取り出す。オンにするが電源が入らない。やばい!バッテリーが入っていない。 「バッテリーどこ?」とかみさんに聞く。さすが僕のかみさん、ビデオの袋の中にバッテリーをしっかり準備していた。バッテリーを取り出す。やばい!どこに入れるか分からない。出産まじかのかみさんに頼み、バッテリーをセッティングしてもらう。


「テープも入っていないから」とテープのセッティングも頼まれた。テープを取り出す。やぱい!ボタンがいっぱいありすぎて、テープ入れ方が分からない。機械を扱う技術者でありながら、ビデオカメラの操作が分からないとはなんとも情けない。パパしっかりしなさいよと言われそうな看護婦さんの視線が気になり、冷や汗をかいた。




0:30am ドクター到着


いよいよドクターがきた。ドクターは緑色のオペ着を着ながら、いきむよう指示した。かみさんは深呼吸をし、いきんだ。

「 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・・・」と 10 秒間数える。膣が大きく膨らみ、稜真の頭が出てきた。深呼吸して、さらにいきむ。

「 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・・・」その調子だ。半分以上頭が出てきた。いいぞ。

「 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・・・」丸々顔が出てきた。稜真の顔だ。「がんばれ、その調子だ」

「 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・・・」


準備しておいたビデオを急いで取る。稜真の誕生の瞬間をカメラに収めたかった。 頭が出てからはあっという間だった。ドクターは顔を丁寧にもち、ゆっくりと稜真の体を取り出した。稜真よ、泣け!




0:37am 稜真誕生


ぅギャー、ぅギャー、ぅギャー。僕とかみさんの子供が生まれた。カメラ越しから、稜真を眺めた。手が震えた。稜真が誕生してすぐ、へその緒がついたままかみさんの胸にあたりに稜真をおいた。かみさんの笑顔が美しかった。看護婦さんが「顔にキスをしたら」といわれ、チュっと稜真の頭にキスをした


僕はただ呆然としていた。人が生まれるすごさを理解していたつもりだが、喜び・感動というよりも、安堵感でいっぱいだった。 稜真よ、よくがんばった。それは僕たち夫婦に与えてくれた 2004 年最高のプレゼントだった。


「おつかれさま」とかみさんに。

「この世界へようこそ」と稜真に。

Welcome to the world!




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